「ルイを聴きながら」
摩天楼のビルを見下ろす部屋、に憧れながら、それに見下ろされる小さなアパートの一室で、私達は今夜もウイスキーとジャンプブルースに酔いしれている。売れないギター弾きは、今日も陽気にベッドサイドで出鱈目なツイストを床にねじ込む。それを見つめて目を細める、痩せこけた愛猫とクラブダンサーの私。
「今夜もなんて素晴らしく楽しいんだろうね?」という笑顔で私を見る、愛しいひとは、今日もお気に入りのハットを帽子かけにかけるタイミングを失ったままでいる。私は私で、今日のステージ衣装のままだ。イカした私の恋人は、いつも通り、私へ右手を差し出す。私はその手をとり、聴きなれたレコード盤から、お馴染みのタイミングで流れるバラードを2人で踊り出す。。
ふいに、私ったらベッドから垂れっぱなしのブランケットにつまづいてしまって、せっかくの甘いショウタイムが台無しに。。!まったくもってダンサー失格だわね?失礼しました、お客様(ビロードのように美しい黒をまとった、私の猫ちゃん)。
何があっても絶対に私の手を放さない彼も、一緒になってすってんころり。壁の薄さも忘れて、2人は大声で笑い合う。そして抱き合ったままゴロンゴロンと狭い部屋を転げ回り、キスする頃には、誰がどれがブランケットなのかベッドスプレットなのか、恋人達なのか、もうよくわからない位くちゃくちゃで、私の自慢の、ソフトクリームみたいなヘアスタイルもくちゃくちゃで、彼の相棒である帽子もどこへやら。そして「ミュウ」と小さく鳴いてから丸くなった猫に見守られているのを感じながら、やがて眠りの海へと沈んでゆく。。
私のお店によく来て下さる、毛皮とジュエリーで身を包んだ淑女や、高級車で現れる紳士達がここへ来たらきっと、憐れみの瞳で「この部屋には何もないね」と言うのでしょう。
ええ、何もないわ。
この部屋に、足りないものは何もないの。
カーテンの隙間から零れる光の目覚まし時計に優しく起こされた私は、涙を拭いながらコーヒーメーカーのスイッチを入れる。悲しい夢を見たのだ。いつも一緒の私のこのひとが、今もベッドでヨダレを光らせながら眠っている大好きなひとが、世界を股にかけるロックスターで、私はただ見つめる事しか出来ない。。
ただの夢なのに、また悲しくなって涙が溢れた時、彼が私の名を叫びながら目を覚ました。驚く事に、彼もまた涙を流していた。
「悲しい夢を見たんだ。よくは覚えていないけど、僕はとても高いところにいて、君を見下ろしている。君のそばに行きたいのに、そこは高過ぎて、どうしても君のどころへたどり着けないんだ。。!」
私の涙はますます増してしまった。優しい彼は、私の夢の事は知らないのに、とっさに私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「僕は、どこへいっても、必ず君のところへ戻る。例え、記憶喪失になっても、僕は君のところへ戻るよ。だってそれは、神様の願いなんだから」
そう、私達は出逢った時に気づいた。
「私達が愛し合う事は、神様の願いだ」と。
びっくりする位同時に、2人はそれを口にしたのだ。
それは、ある意味必然のように。
聴きなれたレコードの、次の曲のイントロを口づさむような当たり前さで。
神様がくれた素晴らしく晴れた、今日は2人のデイオフ。赤いワインと、バスケットにパン、それに挟みたい大好きな食べ物達を詰めて、いつもの公園へ向かう。オンボロ車にターンテーブルと、お気に入りのレコードを沢山積んで。そして私はまた思う。あの紳士淑女達がこの車を見たら。。私はこう答える。。
思考は突然、急ブレーキをかけられる。
信号待ちのドライバーさんが、私の唇を奪いにきたから。
神様、このひとを生んでくださって、ありがとう。
ありがとう。
信号が変わったから、僕は有能な運転手にひとまず戻る。
公園に着いたら、僕は最高のDJになるんだ。
最愛のコックのランチ目当てにね。
愛してる。
愛してるよ。
愛してる。
愛してるわ。
ここに、足りないものは何もない。
(09/6/26、これを書いて眠り、目覚めた時、マイケルの哀しい知らせを聞きました…。今、「新しいマイケルの教科書」を、ゆっくりと読み進めています。)

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